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近年、最も注目される技術のひとつが3Dプリンタです。3Dプリンタは、一部の専門分野に留まらず、医療、食品、建築、DIYなど身近な分野でも広く活用されるようになってきています。
製造業においても、3Dプリンタの活用は日々進んでいます。試作品の製作に留まらず、製品開発プロセス自体の効率化のために3Dプリンタを活用する事例もあります。3Dプリンタを有効に活用することは、会社の製品開発力を高めることにもつながります。他社と差をつけるためにも、3Dプリンタの特性を正しく理解し、活用方法のイメージを掴むことが大切です。
この記事では、3Dプリンタの基礎的な知識に加えて、光造形3Dプリンタの技術や製造業における具体的な活用事例を紹介します。
3Dプリンタとは、積層造形技術により3D形状の製作物を作り出すプリンタの総称です。
積層造形技術とは、層状に材料を積み上げていくことで形状を作り出す技術です。つまり、やっていることは紙の印刷に使用する通常のプリンタと変わりません。通常のプリンタでは、ノズルを動かし任意の個所にインクを塗ることで文字や絵を印刷しています。3Dプリンタの場合、厚みのあるインク(材料)を何層にも塗り重ねることで、特定の3D形状を生み出しています。
3Dプリンタは2010年代前半から、メディアなどで取り上げられる機会が増えたことで、一気に一般認知度が高まり普及しました。しかし、その歴史は意外と古く、1970年代の後半には積層造形技術の一つである光造形法式が確立されました。当時は3Dプリンタという呼び名ではなく、試作品を素早く製作する技術という意味で、ラピッド・プロトタイピングと呼ばれていました。ちなみに、光造形方式を確立したのは、日本人の技術者です。あまり知られてはいませんが光造形方式は、実は日本生まれの技術なのです。
3Dプリンタのメリットは、迅速に3D形状を作り出すことができることです。製作における制約も少なく、従来の加工法だと物理的に作れなかった形でも容易に作り出すことができます。部品一点当たりの材料コストとしては従来製法に比べて割高になることはありますが、段取りの工数まで含めて考えれば、3Dプリンタのほうがコストにおけるメリットがある場合もあります。特に多品種少量生産の部品は3Dプリンタとの相性が非常に良いです。
3Dプリンタは印刷方式によって大きく2種類に分けることができます。
熱で溶かした材料をノズルから射出して積層することで形状を作り出す方式です。個人用途で用いられる低価格の3Dプリンタはこの方式を用いたものが多いです。構造自体が単純なため、比較的安価であることが特徴です。
光で硬化する特性の材料を敷き詰め、レーザー光で硬化させることで層状に積層して形状を作り出す方式です。積層時に熱が発生しないため、材料が熱膨張の影響を受けにくく、高品位な印刷が可能です。また、製作物は強度にムラが無く安定していることも特徴です。実製品に近い形状や特性が得られるため、製造業の分野では試作品の製作に広く用いられます。
ここからはこの光造形方式について、深堀していきます。
ここでは光造形方式の原理、特徴を解説します。
光造形方式は紫外線によって硬化する光硬化性樹脂を用いて3D形状を製作していきます。はじめに3Dプリンタの容器内に液体状の樹脂を流し込みます。ここにレーザー光を当てて、任意の形で硬化させ1層目を作成します。1層目が硬化したら、造形ステージを移動し、同じ手順で2層目を印刷します。この作業を繰り返すことで、任意の形状を自由に作り出すことができます。設定によりますが、1層分の厚みはわずか0.05mm程度であり、非常に滑らかな製作物を印刷することができます。
光造形方式の特徴は、主に3つあります。
光造形方式では、印刷時に加熱を必要とせず、熱による素材の変形を起こさず積層ができるため良好な寸法精度が得られます。熱による反りの心配もないため、製作したい製作物の形状に限りなく近い形で印刷することが可能です。
3Dプリンタでは、1層ごとに積み上げるように印刷するため製作物に積層跡と呼ばれる階層上の筋が残ります。これは製作原理上避けられないものですが、光造形方式では積層跡が目立ちにくいのが特徴です。そのため製作物の見た目の品位が非常によく、フィギュアの製作など鑑賞物向けにも用いられています。
光造形方式で製作したものは、等方性を持っており、向きによって性質が変わることはありません。熱溶解方式で積層した製作物などは、積層した層を剥がす方向に力を加えると破損しやすくなっており、少なからず異方性があります。一方で、光造形方式で積層した製作物は各層の間でも分子レベルで結合しているため強度にムラがなく、安定した強度を持っています。
では、3Dプリンタ(光造形方式)の製造業における具体的な活用方法を紹介します。
3Dプリンタを用いて試作品を製作することで、短期間で開発を進めることが可能です。従来であれば、試作品を1つ作るのにも金型など量産相当の設備を準備する必要があり、納品まで数ヶ月かかっていました。また、設計変更を行うときもすでに製作した型も合わせて変更しなければならず、多くの費用と工数がかかるのが問題でした。
3Dプリンタを活用すれば、試作品1つであれば数時間から数日で製作することが可能であり、迅速な試作検証を行うことができます。また、不具合があった場合でも設計データさえ修正すれば、すぐに作り直すことができます。これにより、製品開発のPDCAを迅速に回すことができ、開発期間の短縮が可能となります。
特に3Dプリンタの試作開発と相性が良いのは、身に付けたり触れたりしながら使用する製品です。身近な例で言えば、マウスやイヤホンなどが挙げられます。握り心地やフィット感、身体への負荷など人間の感覚的な部分は、実際にその製品形状に触れてみないことには評価できません。3Dプリンタであれば、迅速に試作品を製作し、早い段階で感覚的な評価を行うことが可能です。また、補聴器などの医療機器開発では、ユーザの身体形状を事前に3Dスキャンし、各々の身体にあった器具を3Dプリンタで印刷して開発するという取り組みも行われています。
大きさなどの制約によって3Dプリンタで試作品を作ることができない製品も多々あります。しかし、3Dプリンタは設計検討にも活用することができます。例えば、完成品のミニチュアを3Dプリンタで製作して、DR(デザインレビュー)を行えば、資料では伝わらなかった現物ならではのニュアンスを伝えることが可能です。
これにより潜在的な問題を早期に発見し、開発の手戻りを削減することができます。また、社内で実績のない新規開発を行う際は3Dプリントしたモデルがあるだけで、関係者への説明が容易になります。事前にミニチュアを用意することで、技術分野の専門家ではない営業部署などとの認識のズレを無くし、スムーズに製品開発を進めることができます。
試作品メインで使用されてきた3Dプリンタでしたが、近年は量産品への活用も進んできています。すでに航空機業界などでは、客室の内装部品や構造部品の一部に3Dプリンタが活用されています。航空機業界は、多品種少量生産が主であり、さらに長期的に保守を行う必要があるため多くのリペアパーツを求められます。さらにその部品一つひとつは非常に複雑な形状であり、要求されるたびに段取り・製作を行わなければならず多くの費用がかかっていました。そういった部品を3Dプリンタに置き換え、従来なら複数の工程を経ないと作れない複雑な部品を3Dプリンタのみで製作することで、大幅なコストダウンと納期短縮を実現しています。
科学技術の向上により、世の中の機械やシステムはどんどん複雑になっています。複雑になればなるほど、開発や製作には多大な工数がかかります。3Dプリンタは、そんな現状のものづくり産業を手助けする便利ツールと言えるでしょう。また、3Dプリンタの自由度を活かした「3Dプリンタでしか作れない部品」も少しずつですが出てきています。付加価値の高い製品を開発するための手段として、3Dプリンタの技術は今後欠かせないものなるかもしれません。
執筆者プロフィール
渋井亮介
大手機械メーカーに勤める現役の機械設計エンジニア。現在は、IoTやAI関連のIT技術も担当している。技術ブログ「しぶちょー技術研究所」を運営しており、ものづくりに関する幅広い技術記事を執筆。