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現在は、第三次AIブームとも呼ばれており、さまざまな分野でAIが取り入れられていますが、製造業においてもAIの活躍は目まぐるしく、製品の機能だけでなく、開発・製造プロセスの中でも多く活用されています。特に知的労働である”設計”プロセスにおけるAIの活用は昨今、注目を集めています。
そんな大活躍のAIですが、決して万能という訳ではありません。AIを正しく理解せずに、過度な期待だけで導入を決定した結果、失敗する事例は多々あります。大切なのは、AIの基礎を知り、AIの得意なことと苦手なことを理解した上で有効に活用することです。
この記事では、AIの基礎的な知識に加えて、設計におけるAI活用の具体事例を紹介します。
AI(Artificical intelligenceの略)は、直訳すると“人工知能”という意味です。実際にどのような機能を持ったモノをAIと呼ぶのかといえば、実は明確な定義は存在しません。一般的な共通認識としては、AIは『人間のように思考や判断をするコンピュータシステム』と言えるでしょう。またAIは大きく2つの種類に分けることができます。それが「強いAI」と「弱いAI」です。
・強いAI
汎用人工知能と呼ばれるAIです。自意識・創造性などあらゆる面で人間と同等以上の知性を示すAIであり、それこそSF映画に登場するようなアンドロイドなどが強いAIに該当します。強いAIは、現在の科学技術ではまだ実現には至っていません。
・弱いAI
特化型人工知能と呼ばれるAIです。限定されたタスクの中で知性を示すAIです。チェスや囲碁など限られたルールの中で、人間以上の知性を発揮することも知られています。AIといえば、基本的には弱いAIのことを指します。現在、世間で活躍しているAIも全てこの弱いAIです。
AIの研究の歴史は古く1950年代から続いています。その過程で、AIブームとブーム終焉を交互に繰り返しています。1950年台に起こった第一次AIブームでは、AIによる探索や推論が可能となりました。しかし、AIが単純な問題しか解くことができないことがわかりブームが終わりました。1980年代には第二次AIブームが訪れ、AIに知識を与えることが可能となりました。しかし、コンピュータの性能が限界に達し、ブームが終焉。そして2000年台から現在まで続いているのが第三次AIブームです。IT技術の進歩も相まってビックデータを活用した「機械学習」が可能となりました。第三次AIブーム以降は、ブームが終焉することはなく、「AIの活用が当たり前となる時代」が来ると言われています。
第三次AIブームをけん引している「機械学習」について解説します。
機械学習とは、AIが人間のような高度な判断を実行するのに必要な「法則」をAI自身に探させる方法のことです。機械学習では、学習に必要なデータさえ渡せばAIが自動で学習を行ってくれます。学習の種類は大きく分けて3つあります。
教師データも用いてAIに学習させる方法です。教師データとは、正解付きのデータのことです。例えば、犬の写真があった場合、それが犬であるという情報とセットのデータを教師データと呼びます。教師あり学習では、数値を予想するタスク(回帰)、種類を予想するタスク(分類)などの推論を行うことができます。
また、深層学習(ディープラーニング)と呼ばれる学習もこの教師あり学習の一種です。ディープラーニングは、脳に近い構造を持つシステムで学習させることで、人間に近いより精密な判断が可能となります。
教師データを用いずにAIに学習させる方法です。大量のデータを与えることで、データ内の特徴を抽出し、人間が気付かないような共通点を探し出すことが可能です。その特徴を生かして、クラスタリングや次元削減などのタスクに活用されます。
強化学習は、AIが試行錯誤し失敗を繰り返すことでだんだんとタスクを実行できるようになる学習方法のことです。囲碁や将棋などに使用されるAIなどには、この強化学習が用いられます。ロボット制御の分野でも注目され、用いられている学習法です。
では、ここから製造業における設計でどのようにAIが活用されているのかを紹介してきます。
詳細設計における3つの活用例について見ていきましょう。
アメリカの大手IT企業G社ではコンピュータチップ内の物理レイアウトの設計を、強化学習を行ったAIに代替させ、従来であれば数カ月かかる設計を6時間以下に短縮しました。物理レイアウトの設計は、基板上のどこにコンポーネントを配置するべきか考える工程で、コンピュータチップの消費電力や性能に直結します。
G社ではこれをボードゲームのようにして強化学習を行いました。基板は盤面、コンポーネントが駒、勝敗は消費電力が最小化、と置き換えて、まるでボードゲームで対戦を行うように強化学習を実行したのです。 その結果、AIが人間の設計以上の性能のコンピュータチップを作り出すことが可能となりました。この技術はコンピュータチップに限らず、部品の最適な配置検討などに広く応用することが可能です。
構造体の設計検討で欠かせないのがCAEによる有限要素解析です。コンピュータ内でシミュレーションを行うことで、部品の強度や変位を計算して最適な形状を導き出します。しかし、CAEの解析には専門知識が必要であったり、計算時間がかかったりするという問題がありました。
そこで、注目されているのがCAEにおける深層学習の活用です。3DCADデータとそれまでに蓄積されたCAEの解析データを使用して深層学習することで、通常なら数時間かかるような解析でも数秒で解が取得できるようになります。
この活用自体はまだ研究段階のものですが、設計の劇的な効率化のために期待されている分野の一つです。
トポロジー最適化とは、与えられた制約条件に基づき、最適な設計形状を導き出るシミュレーション技術の一種です。この技術を用いることで、人間が考え付かないような合理的な形状を生み出すことが可能です。 トポロジー最適化自体はAIとは関係のない技術ですが、トポロジー最適化が持つ問題点をAIで解決しようという試みがなされています。
トポロジー最適化は、最適化を行うための条件設定が非常に煩雑であり、設計者自身が最適な条件を探して試行錯誤を繰り返す必要があります。このため、最適な形状を導き出すまでに手間と時間がかかってしまうという問題がありました。この煩雑な条件設定に対して、AIが活用されています。
既存の解析データを学習し、最適な条件を回帰分析で推定することで、知識のない設計者でもすぐにトポロジー最適化を活用できるようになります。このようにAIと設計手法そのものを掛け合わせることで価値を生み出すことも可能です。
IoTとAIを組み合わせることで、市場要求を素早く製品仕様に取り込むことができます。
例えばIoT技術によりネットワーク経由で製品からユーザの使用履歴を取得・蓄積し、AIによる分析を行うことで市場要求をデータで把握することができます。蓄積したデータで教師なし学習を行うことで、AIにより潜在的な顧客要求を見える化したり、逆に市場に受け入れられていない機能を把握したりすることができます。
マーケティングツールとしてAIを活用することで、データドリブンな製品の仕様決定が可能となります。先行きを見通すのが難しいVUCAの時代においては、データの基づく意思決定は極めて重要です。
また、設計の話から少し離れますが、食品メーカーなどではパッケージデザインの評価をAIが行う事例もあります。学習データを元に、デザインのユーザ好感度をAIで予想するというもので、既に実用化されています。
このように市場の反応についてAIを使って予測するという試みは、設計プロセスでいうところの『妥当性の確認』に当たります。製品設計においてもAIによる妥当性検討が進めば、効率的な製品開発につながります。このようにマーケティングや構想のプロセスにおいても、AIは非常に重要な役割を果たします。
製造業のDXは今後も加速し、さまざまなものがデジタル化されるようになるでしょう。それは同時にAIの活用の幅が広がっていくことを意味します。近い将来にはマーケティング、設計、製造など単一のプロセスだけでなく、プロダクトライフサイクルを統括するようなAIが登場するでしょう。そうなれば、仕事を奪われるまではいかずとも、AIが得意なことはAIに全て任せて、人は人だけができる創造的な仕事を行うことになります。SF映画の話ではなく、人とAIが共存する時代は現実に迫ってきているのかもしれません。
執筆者プロフィール
渋井亮介
大手機械メーカーに勤める現役の機械設計エンジニア。現在は、IoTやAI関連のIT技術も担当している。技術ブログ「しぶちょー技術研究所」を運営しており、ものづくりに関する幅広い技術記事を執筆。